第7回手裏剣予選と真田幸村終焉の地

  • 2015.07.08 Wednesday
  • 09:45

久しぶりのプログ。

6月7日、伊賀流手裏剣打選手権大会、の初日・大阪予選に行ってきた。


結果は、悪かった。予選ぎりぎり通過の成績だろうか?

そして、もうひとつ目的地 手裏剣予選会場からほど近い
茶臼山に行ってきた。



 

だけど、直線距離は近いものの、グルグルと柵が掛け回され中々行けない。

都会ってのは、なかなか不便なもんだ。

やっと着いた茶臼山は公園になっていて、小高い。

この辺りは、大阪平野の中でも起伏がかなり残っている。

まん丸い小さな茶臼山の頂に立つと、大阪の陣の戦のどよめき」が聞こえてきそうに思えた。

そのせいか、そこに来ている人は、立つって瞑想している人が多かった。

 

そして、そのあとも迷いながらたどり着いたのは、

安居神社。

 

ここで、真田幸村公が討たれたという所である。

小さな境内には、碑と幸村公の像がありました。

 

夏の陣の折り、茶臼山に陣を張った真田隊は、鬼神の突撃で家康公の旗本を追い散らし

*念願の家康を討ったあと、ここで休んでいて越前勢に討たれた。

その時、幸村にはもはや抗う力も意味もなく、自ら進んで討たれたのであった。*

 

 

*-*)間は妄想

忍忍

朝日将軍

  • 2014.12.24 Wednesday
  • 10:59
山の一族である忍は、日ノ本の最高峰である、信濃の山に行くために
伊那谷、木曽谷は年に何回も往復する街道である。
 木曽谷で、もっとも有名な人と言えば<木曽義仲・巴御前>である。
木曽・伊那谷に挟まれた中央アルプスには、木曽殿越えという峠があるし、義仲の力水という水場もある。

彼らことを考えるたびに、なんとも儚くてやりきれない気持ちになる。

義仲は、武蔵の国で生まれたが、同族の対立により、父が討たれ
ここ木曽谷に逃げ育つ。
治承4年(1180)義仲27才の時、平氏打倒を命じる令旨を受け旗揚げ。
治承5年(1181)信濃小県郡で各地から参集する武将を加え、平氏方と戦いながら
朝日の奔流のような勢いで北陸を京に向かう。
寿永2年(1183)越中国礪波山の倶利伽羅峠の戦いで10万とも言われる平維盛率いる平氏の北陸追討軍を破り、入京する。
東から破竹の勢いで連勝してきた彼は、<朝日将軍>と呼ばれ歓迎された。
 だが、彼の勢いもこれまで、陰湿な朝廷や周到な同族(源氏)との対立から、孤立して
寿永3年(1184)1月源氏との戦いに敗れ打ち死。享年31才であった。
旗揚げからわずか3年あまり・・彼らの華々しいの時期は
短い!短すぎる・・・
彼の印象は、
”眉目秀麗で美男。豪の武人であったが、田舎者ゆえの純で頑な無骨者”だったようで、
合戦には強くとも、周到な政治的手腕を持つ源頼朝などの敵ではなかったようだな。
源義経しかり、新田義貞しかり、もっと新しいとこでは、柴田勝家しかり
当時は純粋だけでは己や一族の生を全うできない時代だった。
「謀少ない者は滅する。」

何度も前を通る、<義仲館>にいってみた。
2014年9月15日のことだった。

門の正面に、

義仲公と巴御前の象
巴御前は義仲の妾であり、後世までも名高い女武将である。
巴は色白く髪長く、容顔まことに優れたり。強弓精兵、一人当千の兵者(つわもの)なり」と記され、宇治川の戦いで敗れ落ち延びる義仲に従い、最後の7騎、5騎になっても討たれなかったという。”
また、
”幼少より義仲と共に育ち、力技・組打ちの武芸の稽古相手として義仲に大力を見いだされ、長じて戦にも召し使われたとされる。京を落ちる義仲勢が7騎になった時に、巴は左右から襲いかかってきた武者を左右の脇に挟みこんで絞め、2人の武者は頭がもげて死んだという。”
そして、
”強弓の手練れ、荒馬乗りの上手。軍には一方の大将軍して、更に不覚の名を取らず、怖ろしき者にて候”
というから 尋常只事ではない武将であったのは間違いない。
ただ、義仲最後の戦い「宇治川の戦い」でも、彼女は生き延び長寿を全うしたという記録が
いくつかあるのが救いか。中には再嫁して子も産んだという話も・・・

館の中は、物語が人形で表現されている。

こちらの 巴御前は可愛いですな。

これは、東京国立博物館の『巴御前出陣図』
なるほど、豪壮でいて 女性らしい甲冑だね。
館の展示は

薙刀

鏑矢 など興味深いものがあった。




 

0223伊賀忍者ショー、ブース

  • 2014.02.27 Thursday
  • 07:02

2014 02/22,23は、伊賀忍者ショ−の阿修羅チームが留守で、

忍砦チ−ムが担当した。


忍者体験 鉄砲

吹き矢

手裏剣
お客さんの少ない冬の日であったが、まずまずの入りであったような・・
なお忍は、これに参加していないが、見学に行った。

皆忙しそうで、遊んでくれなくてちょっと暇だった。


で、的になってみた。
----終----
 

真田忍びとの出合

  • 2013.10.24 Thursday
  • 08:02
先日の忍者宴会での各地から参集した忍び達を紹介したときに
なにか足りない。 と感じた。
それは、
時代小説でよく目にする <風魔>や<伊那忍び>、関西ではすんごく人気のある<真田忍び>がいなかった・・・
そして ふと、この夏 真田十勇士との偶然の出合を思い出した。
私の湯治先として何回も訪れた信州の名湯 「別所温泉」
ここは、元 真田領。真田氏がもっとも煌めいた時を過ごした土地。


別所温泉 外湯のひとつ「石湯」
朝6時前から開いているのがうれしい。
湯治の毎日は、朝湯に入って、軽い散歩(山歩き)、昼食・昼寝・読書、買い出し、入湯、と
湯に入って始まり、湯に入って終わる。


散歩山歩きのひとつ 太郎山
北信の雄「村上氏」が陣を張った山で、甲斐の武田晴信が惨敗した数少ない戦の地


山でよく出会うカモシカ
なかなか道をゆずってもらえなかった。


上田城 昼間ここで休むことが多かった。
無料で広くて気持ちのよい駐車場なのだ。
さらに、再三徳川の大軍をうち破ったここは真田好きにはたまらない魅力があるのだ。

大手門
よく見れば、のぼりが出ていた汗


忍者隊ではなく部将隊なのだ。

真田十勇士の<由里?鎌の助><猿飛佐助><望月六郎>と
このイケメン十勇士は、おばさまから子供まで大人気で
そばにいたセーラー服の女子高生に撮って貰ったんだけど
”僕らのおっかけです。”
とのことだったびっくり
ニンニン

 

あの夏の思い出

  • 2013.09.09 Monday
  • 09:18
 9月の声を聞いたとたんに、雨が断続的に降り続き
やっと晴れたと思ったら、
もう すっかり 肌寒い秋だった。

こうナルト あの暑い暑い灼熱の夏の思い出も
もはや セピア色・・・・

あの夏がなかったら、たのしい日々が・・・・・

いかん!!

なんだか寂しくなってきてしまう。

あの夏の日の 一ページ

灼熱・熱狂・絶句の祭り


阿波おどり
気狂うほど熱い
この祭りの特徴は、町内、市内 いや県内全域が熱狂の渦・トルネードに巻き込まれることだ。


そして

そこで

我は、<忍び連>と出会った!!


忍忍。

よろいにときめき

  • 2013.05.12 Sunday
  • 12:39
 その日は


武州から奥秩父の山中を抜け、甲斐−駿河に出て、東海道を西上する長い道中であった。


これは、甲斐に入ったところにあった<狼煙台>
よく復元されている。

遠州と言えば掛川城。

掛川城大手門
りっぱ!!
東海道に入った時突如思い出した。そこで、”そうだ!!あそこに行こう。”
そこは 「遠州掛川:鎧屋」 以前 伊賀の真影どの記録をみて
”行きたい”と思っていたのだ。

さっそく見学
”伊賀から来た。”と言ったら 店長が親切に説明してくれました。
忍者グッズから、刀剣いろいろ種類もたくさん
撮影小物や書籍、その他 いろいろと興味の尽きない品揃えで

忍び鎌と矢とか
槍などもあったが、今回何といっても 目当ては

甲冑!!


これだ!!
何故か今とっても気になっているのでござる。

どうしようかな−−と思ったが、ここは勇気一発。
聞いてみた!!

”鎧もうかっちゅう?”

答えは予想に反して、まづまづ とのこと
そうか 甲冑商売 いけるか

来週は又関東に潜入して、甲冑作りの技を盗みに行くでござる。
にんにん

カムイ外伝

  • 2013.01.26 Saturday
  • 09:08
 半世紀ほど前に、山中で生まれ育った拙者の子供のころは

ほとんど忍者!!だった。(或いは獣

通学の急な下りの山道をフルスピードで駆けた。
(ほとんど遅刻していたので
コーナーでは競輪場のように、盛り上がってる一番上の方を走る

帰りは、適当に獣道を独自に選んで帰ったり。
日の短い時期に遊んで帰ると、真っ暗となる。
森の中なので、街では味わえない漆黒の闇・・・
そこを、光を持たずに 勘だけで帰るのだ。

地面は足を引っかける木の根だらけ
ほとんど片方は断崖・・
でも、私はまだまし。一緒に遊んだ友は、山中を2時間ばかり掛かる・・・
たぶん 今よりずっっっっと 夜目が効いたのだろう。

遊びは近所の子忍らと絶壁の断崖やら木の上に秘密基地を作り
戦争ゴッコ
もちろん 木を体重でしならせて、木の上だけで、どこでも移動出来た。
夕暮れなれば、子供らは、一陣の風の様に 村に奔る。

そんな 子供時代の忍者像は、”カムイ”っだった。


カムイ外伝!!
よく ジグザグの カムイ走り をしたものだ。

今検索してみると、なんと <カムイ伝>と<カムイ外伝>があるのだ
記憶になかった・・・・・・・・・

それに

な・なんと
約50年前に始まった<カムイ伝>が、まだ 終わってない!!
続いているのだ。

まさに キング オブ 忍者コミック

古本探しに行こう っと 


良く見る夢

  • 2013.01.23 Wednesday
  • 12:59
繰り返し何度も見る同じ場面の夢。
きっと皆さんも覚えがあるのではないだろうか・
あぁ また この夢か・・などと思ってみますが、
夢の中で考えると、本当に何度も見たのか?
或いは、”何度も見た”という前提の夢なのか 解らなくなります。

楽しい夢ならいいですけれど、
とっても気になる心配の種の夢が何個かあります。
不安でどうしょう・どうしよぅ と悩みながら
”ああ これは夢だから心配しなくてもいいんだ。”と思っても
胸を締め付けるような不安は、ほんの少し軽くなるだけなのです。

今朝見た夢は、或る会社の私のロッカー(30cm角ぐらいの)に
銃を入れているのです。前々からどう処分しようか 悩んでいるのです。
ブローニングとニューナンブの2丁で実は私の好みとは全然違う銃です。
そこらのチンケなヤクザが持っている改造拳銃などではありません。
本物でずっしりと重い本物の大型拳銃です。
渡米したときに手に入れたのです。実弾は今はありません。
前は実弾持ってましたけれど、使ってしまって今は無いのです。
何に使ったかって?
それは、言わないで置きます。
人間人に言えない恐ろしい事はひとつやふたつあるものです・・・・・・

そこには、何と実の兄貴もガンを入れているのです。
何故だか解らないけれど・・
ワルサーP38とコルトのポリスタイプです。
こっちの方が私の好みに近い。
もちろん どこで手に入れたか 何に使ったかは全く不明です。

計4丁の銃をいい加減に処分しなければ ヤバイのです。
このロッカーにあれば、我々の物だとバレます!
でも、ここは非常にセキリュテイの厳しい監獄の様な会社
高い塀に囲まれ、門には厳しい守衛の眼があり
持ち出すのは難しい・・・・・
穴を掘って埋めるにも下水に捨てるのも、監視カメラの餌食です。
塀に近づくのも危険です。

どうしようか・・・・・

男は心に武器を隠しているもの。 です(たぶん

オバマの影響かな・・・



 

どうも今年は”冬眠”

  • 2013.01.21 Monday
  • 09:20
去年 一昨年は雪を物ともせずに 雪山へ
テントを担いで 或いはビバークと楽しんだんがな
でも、今年は・・・

なんか 寒い・・

いや 大不況で暇なら 売るほどあるんだが・・・

じっと していると
なにも する気にならない 悪循環。

どうも 今年は 久しぶりの<冬眠>か・・・


↑ いつもの年の冬

お腹は何故か急成長
普通 冬眠したら だんだん 痩せてゆくだろ

 

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