関日本刀伝承館

  • 2014.10.20 Monday
  • 08:47
あっという間に、季節は移ろいゆく。
いかん!!
夏の記録を書き残さなければ・・・・冬が来るまえに

あれは、8月のホーロー中の出来事だった。
豪雨の中央アルプスで藪漕ぎ祭りから命からがら撤退して
いにしえ の宿場 「大平宿」
(おおだいらしゅく:山中に江戸時代の宿場が残るところ。映画<かくし剣 鬼の爪>も撮影された。)
を経由して、
郡上一気で有名な<郡上の徹夜踊り>「はるこまはるこま〜〜〜〜〜」
これも、豪雨でびちゃびちゃだったが
山と里の違いで命掛けでなく、風邪さえひかなんだ。

の翌日のこと だった。

刃物の町 岐阜県関市
そこにある<日本刀伝承館>は、日本刀ファンの憧れの地のひとつ である。


関所 茶屋

刀剣が文化財になっとる。
かの有名な兼元、伝金重、刀(兼元作)のみっつ

伝承館

ポケットナイフ元祖や

多数の種類の刃物が展示されており興味しんしん
あと、決まった日には、職人による日本刀の製作工程を見学できる。
この伝承館の目玉ともいえる この作業はこの日はなかった。
聞くところによると
この作業を何度もみて研究して、自ら日本刀の拵えを直したつわものもいるらしい・・・・
拵えっつうても、金物から全て手作りなんだから あきれる程 凄い!!
武器職人のわしも脱帽じゃい。

日本刀の展示ルーム
一種異様な冷たい空気漂う。慣れぬ人は、いやかもしれぬが
忍は目をこらして、かぶりつく様に見たことは言うまでもない。
なお写真の真ん中に幽かに写っているのは、
<亡霊>!?
じゃmなくて、忍じゃ。
にんじゃ・・・・


葵の紋入りの刀

薙刀(桃山時代)と槍(室町末期)
ここの展示物は良く手入れがなされ、古さを感じさせぬ。
見事だ!!

太刀 兼宜(室町)うむーー

そして、これ 切羽を木で作っていたのは感動した。
やればできるもんだ!!



 

20140405柳生さくら祭り

  • 2014.04.06 Sunday
  • 09:23
桜の花も満開となり、新しい今年度が始まった。
今年度の忍の活動は、忍者の表芸である「武芸」を練ること。
早速 初の週末となる四月五日のは、鍛錬・鍛錬にあけくれた一日であった剣道
その合間を縫って、柳生の里に走った馬



ちょうど桜も見ごろの柳生の里 陣屋あとが会場で付近に無料駐車場が設けてあった。
到着。
が、しか--し
目的のひとつ <柳生新陰流 演武>には、間に合わなかったキャー 残念


行ったときは演武終わって、隅で練習していたのを拝見。
技を盗むまでにはいたらなかった。

この 柳生さくら祭り は、内容がごっっちゃで、


太鼓隊


歌あり、踊りあり いろいろだ。
横では、試し切り


子供にも真剣を持たしていたびっくり


タァ−−



桜の花の下の屋台。
飲んだくれたかったが、夕方の鍛錬が・・・・・・


さて、目玉の一つ 柳生忍術学園を主催する 澤田先生の率いる 鉄砲隊


ど・ど・ど・ど・どど--ん と5M前で聞けば、大迫力であった。
ち・ちびりそうであったが、血肉踊った。い・戦じゃ---!


いやいややっているとは言いながらの<ガマ油売り>(実は売らない。)
軽妙で愉快なしゃべりで、実にお見事であった。


連射弩(?)をガマに発射!!


ガマの油を塗ったら切れなくなるという演技汗 も見事で。


忍術学園のくのいち先生 美しく技も見事であったでござる。
忍忍

1207アキバへ潜入

  • 2013.12.10 Tuesday
  • 08:15
1207江戸城潜入の忍務を終え、次なる忍務
<武器を見に行く>&<癒される>の2ミッションをクリアすべく
向かったのは、


秋葉原
ここで最初の目的地

狭いビルの三階
暗く狭い階段を上がると

武装商会!! キタ――(゚∀゚)――!!


入り口に並ぶ銃。
予想以上に火縄銃は安く、驚いた。
その他、刀剣、忍具、寸鉄類、仏具武器、対戦者ロケットなど
狭い所に色々ありました。
何か購入しようと思っていましたが、荷物になる&目付に捕縛される怖れアリ
で購入しませんでした。
買うなら、ネットだな。

そうして、
次なる忍務<癒される>を遂行するため
行ったのが、



メイドカフェ<忍者(おんみちゅ)>と<戦国(もののふ)>
でも、
メイドがクノイチっぽくない!!
深謀遠慮の結果
パスにしました。道端に溢れていた<メイド>は、どうも殿のお好みではない
のだったんです。
もう一軒の調べてきたカフェは、探索したにも関わらず
発見できず・・・
まあいいや、
道場に行って、熟女くのいちに癒されよう。
とアキバを後にしたでござる。
つづく

黒党(くろんど)まつり

  • 2013.11.28 Thursday
  • 07:50
11/23日 伊賀敢国(あえくに)神社


ここで行われたで行われた <黒党まつり>


に潜入した。
駐車場から真っ直ぐ上がると


本殿?に出てしまった。そして、一番手前に見えていた人は、
なんと、、<頼光>であった。
あやつめ、黒党の密偵であったか!?



中の様子。
カメラは地もとケーブルTVで、カメラマンの彼女はかなりいけていたハート


お供えセット、御神酒の臭いが・・・



黒党の道具


長鎌と槍か?


手裏剣ブースも出ていたが、人の姿は殆どない。。
無料なので撃ってみたが、3ケってまるで撃ちがいないぜ・・
カタ焼きをもらった。


九字で始まる演舞(奉納)、黒党5人うち3人くのいち
頼光は写真撮り役だった。

キタ――(゚∀゚)――!!

得意の縛り


ああ 我もふたりっきり で縛られてみたいパンチ
縛るのもいいかなぁ・・パンチ
そんなことを考えているのがばれたら・・

鬼服部の黒党から刺客がきそう・


観覧者は殆ど神社に参列した氏子ばかりで・・・


とうっ、、忍は今 殺陣パフォーマンスに とっても興味があるので
逃さず見入った。
やっぱ くのいち は華だなあ。



ロケーションが良いので、頼光に撮ってもらった。


これも


奉納演舞が終わると
あっと言う間に人がいなくなって、
やけ投げする手裏剣ブース・・・・


帰りに立ち寄った 百地砦

尚この日このあとの任務、忍者音楽祭、青山グランドは、災害で通行止めが乱立
する中で、山深い山中を駆けずりまわった揚げ句
敗退した。無念
忍忍











 

書写山

  • 2013.11.19 Tuesday
  • 07:58
11月の16日 数年前より計画しておった<書写山>の探索に赴くことが出来た。
この山は、天台宗の三大道場のひとつで壮大な建物が現存し、圧倒的な存在感をもつ。
そして、
あの <ラストサムライ>のロケ地にもなったところだ。

行く途中の現代のお城の白鳥城


今回は、ここを良く知る山の一族の 右門どの の手引きで密行したので
手形も関税も不要な抜け道で潜入した。
裏の人々の間道 刀出ルート参拝口


沢沿いの木立の中を登って行く


裏から園教寺にこっそり潜入。
護法堂拝殿、不動堂ときて
繊細で華美な開山堂(奥の院) いずれも 330〜420年物である。


程良い高さだったので、縁の下に潜ってみた。


四隅を支える力士
あの名工 左甚五郎の作と伝えられているそうな・・


園教寺・食堂 と今日の伴の右門と姫


ここで撮った<ラストサムライ>の一場面


大きすぎて入らない大講堂をバックに


座禅堂(座禅中であった)、食堂、大講堂


ミニ地蔵がいっぱい


雰囲気のある摩尼堂の下部


紅葉と摩尼堂


ロケ出来そうな所が沢山。
山門やらなにやらぐるっとまわって探索 終了。
その間に右門どのに鍋・おでんをゴチになりました。
”ごっつあん です。”


下山中。
長年の計画が美しい紅葉と姫とに沿われて実現できたでござる。
”右門どの かたじけなし!!”

姫路城編に続く
忍忍。


 

甲賀忍術村 潜入

  • 2013.06.16 Sunday
  • 17:31
その日の<忍者 かげ>は、快晴の甲賀道を走っていた。


梅雨の晴れ間、快晴の日曜日であった。 
目的地は、

甲賀の里 忍術村

我は老忍であるので、飛んだり跳ねたりすると、膝が耐えられない。
ので、<甲賀忍者選手権大会>は ”やめとこ かな?”と思っていたのだが、
よく考えてみると、年齢によるものだけに、今年より来年の方がさらに悪い。
ということは、<やるとしたら今年だな!>
との結論に達して、忍者選手権王者の称号は、今年頂く事にした。

(くのいち千さんの ”一緒にやろうよ!!”の色仕掛けの誘い
に心を動かされなかった とは言い切れない。)
今日は、単独の潜入である。仲間はいない・・

でも かな−−−り マジモードである。

さっそく 子供ら紛れ込んで忍術修行する。

石垣登り

井戸 くぐり
”お家にかえりたい よう!””と泣く子も

忍者の術で

ごきげんになった。
ので、一緒に井戸くぐり

そして
<水蜘蛛>忍が挑戦チュウ!!

モーターボートの様に航跡を引いているのが、良くわかる。
<タカマル>や<オボロウ>じゃないので、ここで滑って水の中・・
のギャグはいらないので、楽だ−−
(それにしても 水きたな過ぎで気の毒だあ−−)

到着。

まだ航跡引いている。スタッフによれば、”こんなに早いの初めて見た!”とのこと。
そして、順番良く手裏剣道場に

忍は見学だけ。もちろん。
さて、それからが修行

壁 横這い
難しい箇所を納得ゆくまで、練習する。


塀越え


石垣
そのあたりは、ガイドや見本出来るように習熟したので、
そこそこの忍者とは対抗できる自信を得た。


免許皆伝。
後半の言葉はいらない。





忍びの隠れ里<富士その1>

  • 2013.05.10 Friday
  • 08:48
 <隠れ里> なんと甘美でとろけるような響きであろうか。
一般には入れない。近づけない。その存在すら秘匿された
楽園の趣のある隠れ里は全国に無数存在する。(キッパリ!!)


小説などに登場する<隠れ里>で圧倒的に多いのが、
−−−富士山 周辺−−−である。
このエリアは樹海など一般には謎の場所が膨大な広さで、(裸の富士山とて線の登山道しか知らないほど・・・)加えて、最強・天下を狙った武田市や北条氏など大一族の滅亡がロマンをかきたてる。

代表的にはこうだ。
武田の奥を取り仕切る女忍の一族。洞窟に作られた忍びの道を抜けるとそこには広大な忍びの村がある。外敵に備え強力な砦を備え、頭の住む大屋敷、武術の訓練の広場や馬場。回りには果樹や畑を巡らし頭、小頭、はじめ大人は、全て女性のアマゾネス集団なのだ。
男は大きくなると村を出て、金銭的に支える。また、新しい血を入れるため旅の男を捕らえたりする。
・・・・・・・・・・・囚われてみたい!!

さて、現在に潜む<隠れ里>の運営手段としては、どのようなことが考えられるか?
たくさん考えたなかのひとつが、”ここは忍びの村だぞぅ!!”と大々的に言うことである。
隠れない里が、<隠れ里>だとは誰も考えないだろう。
ゥウム 実に単純にして、巧妙な手だ。

実は疑わしい村があった。密かに探索した。

富士山麓の某所に平然とそれはあった!!
目立たぬようにわざと汚された看板
「忍びの入り口」とある 大胆不敵!!
旅人を装い密かに潜入すると、

神域巡場??
結界か?! いよいよ核心に迫った。緊張する。
そして村の中心部、村長と幹部が詰めていると思われる建物前に潜入した。

堂々と <忍びの村>と書いてある!!

紋章は”丸に富士”
ううーーーん なんとも言えない。
その回りを捜索

ここは、下忍養成所かな?

温泉もあるらしい。

村の車

村の守備監視本部にきた。
ここで、目に見えぬ監視の目に取り囲まれたようだ・・・
やばい・・・気づかれたか!!
美女アマゾネス村に囚われるなら・・・・・・と迷ったが
レサーチ不足で確信持てぬ。ので逃げた。
必死に逃走して、なんとか無事逃げ切ることができた。

え!本当は囚われて酒血肉林ぜめにあっただろう。って・・・・
それは、そのようなことは、・・・・ンフl

このような忍びの村は、多数存在する。

忍忍

天王山(山崎城)と忍者の報復

  • 2013.04.09 Tuesday
  • 08:27
桜咲く 天下分け目の山崎合戦地 天王山に歴史探索に行ってきた。

淀川方面から望む


あたりの様子図
ここは京都の入り口
淀川との隘路に東海道本線、名神高速、新幹線、道路など込み入って
交通の要所であることが解る。
ここは、古来より幾度となく戦場となった。


山麓の宝積寺の門


この転用石の石垣が既に城域であることを示す。
(羽柴秀吉が築いた山崎城)


主郭手前の曲輪から主郭方向を望む。かなりの比高差がある。
山崎城は手前が急傾斜や絶壁で奥は深く、予想以上の広さだった。


井戸あと
この井戸はきっとかなりの深さがあるのだろうな・・・・


いたるところに石垣があり、総石垣の城だったことが伺える。


これが天王山のピーク
実は、高石垣で囲まれた天守台なのだ。標高270M

山崎城は、明智光秀に勝った羽柴秀吉が大阪城に居住するまでの数年を過ごした城で
徹底的に改修して総石垣の城としたが、軍事的よりも
京都の入り口(或いは中)の交通の要所に、権威のある神社、寺院をとりこんだ事により
政治的に強固な城であったろう


途中から眺める京都方向


コブシ・・・


山崎合戦の絵
遠く備中高松城を囲んでいた羽柴秀吉がここで明智軍とまみえたのは
な・な・なんと 本能寺の変の11日後だった。
この驚異の早さは、「中国大返し」と呼ばれる。
対して戦力の劣る明智軍は、隘路から来る羽柴軍を各個撃滅の必殺の陣をしいていたが
頼みの友軍が来ず、士気が上がらなかったか、破れる。

そして 坂本城を目指して落ち延びる途中、小栗栖の藪で土民の落ち武者狩りにあい絶命した。と
教科書で習った。しかし、この<土民にやられた>というのが子供心にも妙に違和感があった。
光秀の首は家来が隠したとも言われ、首実検に出された首級は三体あったが、そのいずれも顔面の皮がすべて剥がされていたともいわれている。
褒美をもらったという記述はない。

−−−−−以下は妄想でござる−−−−−−−−−−−
織田家に仕えていた忍びは、甲賀の山中大和の守、伴太郎左右衛門などの一党であった。
総人数は百名ぐらいか
あと少しで天下統一というところで、天下統一後は各棟梁は一国一城の主になれるだろう。
(天下統一後は戦国時代も終わり 忍びも違う生き方が求められるゆえ)

土民の落ち武者狩りは、報償や武具などが目当てで、仕留めて終わりというのでは意味がない。
装備を奪い首を差しだして、褒美を貰うのが目的。
家来が大勢いるのに、攻撃はむやみに出来ないだろうし
少ない家来ならば、皆殺しとするであろう。
ただ、刺して逃げるなどと命の危険を犯してするだろうか??

ずばり
甲賀の一党 忍びの報復である。

天下統一の為信長に仕え努力していたのが、水泡に帰したのである。
もちろん忍びに大義名分は無い。しかし、忍びも人
怒ったのである。稼ぎ先・仕事先を奪われたのである。
で、
ずっと付け狙っていたいたのだが、それまでは戦陣であったりして隙がなかったのだ。
なので、家来など どうでも良い。
首などもいらない。
ただ光秀一人の命を奪うために襲ったのである。

これで、スッキリした。長年の違和感が解消できたぜィ。

伊賀のトークイベントに潜入

  • 2013.03.05 Tuesday
  • 09:27
 時は平成 三月二日の伊賀市 ハイトピアに潜入すべく愛馬を駆る。
伊賀市 到着
まちなかを普通に武士が歩いている


そして ここが会場 


事前に関東忍者が4忍ほどが来る情報を掴んでいた。
が、しかし・・・・・
遠くに妖しげな一団が・・・

10忍以上発見!!
まずい。。なまあし に吸い寄せられそうだ・・・

でも、多勢に無勢。ここは隅っこに密んでいよう。
が、あえなく 見つかってしまった

今回の潜入の目的のひとつに <作家の目で見た忍者の世界>を
私の目的とする <忍客商売>のヒントがあるかどうか だった。
結果はまだ良く租借と情報収集が必要ですがヒントはあったな


会場を後にして、忍衆がゾロゾロと向かった先は


忍びの館

元は銭湯だったようだ。
ここで、今夜の宴会の払いを掛けて
忍びの戦い 銭湯で戦闘す。

割り符たいケツ(おしりもいいね

これはコツがいった。
そして 運も
他にも色々対決して
結果は
ハンパだじぇ−−
また、ゾロゾロ移動して

宴に参加させて頂いた。
みんな衆盛り上がる中

酔いどれ忍の拙者がな・なんと ノンアルで過ごしたので乗り切れなかった。
駐車場が初めてで不安があったのだ。でも後で解ったのだが、全然問題なく
どんどん飲んでも良かったのだ。***実に無念であった/***


おまけ:縛られて喜び喜ぶと目がなくなるしころsさん
しころさん は予想以上に愉快キャラで嬉しくなった。
その夜のせんさんは、妖艶で鼻血でそうでした。
キョ−トからきたキュ−トなお姉さんは優しくて惚れてしまいそうでした。

伊賀忍術村と忍者ショ−

  • 2012.12.23 Sunday
  • 08:02
 雪が舞う今季一番の冷え込みの中、伊賀に行って来た。
伊賀は盆地なので冷え込みは厳しいのである。


途中の亀山PAの公園にて


車の分身の術


伊賀に到着。


伊賀上野城


忍術屋敷 説明受け中!!
くのいち 若くてかわいい



しころ 
ここの しころ デカーーッ


苦無 
ここのは 真鍮製かな リアルさが足りない・・・


忍!!


最近 忍び鎌の小さいのに興味アリ


それと、ポッケットいっぱいほしいな やっぱし


さて 待望の忍者ショ−


阿修羅 頭の浮田半蔵氏
半蔵氏は手裏剣を左で打った。
腕をクルリンコと回す初めて見る投げ方だった。
拙者より若そう・・・に見えた。


しょ−−


これが、金の手裏剣。
来年はこれのダッシュを目指す!!


銀の手裏剣と大会用手裏剣
これの詳細を知らねばならぬ。




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